前回のブログでは、宇治茶、和束茶の歴史を紹介しました。
茶師をはじめとして、長年の努力で改良が加えられてきた宇治茶、和束茶ですが、なぜ美味しいお茶ができるのでしょうか?
宇治茶、和束茶が美味しい理由、それは気候、栽培方法、社会的背景にあります。
それでは、一つずつみていきましょう。
〜気候〜
宇治茶の歴史の回でも見たように、茶には、栽培に適した気候があります。
その気候とは、①気温と②降水量です。
①気温
茶の生育には、年間雨量が1,300mm以上、年間平均気温が14~16度が最適とされています。
茶の原産地は、中国西南部、ベトナム、ラオスといわれ、温暖な気候を好むためです。
夏場の最高気温が40度以下、冬場の最低気温が-5度程度が生育に適しています。
40℃を越えると、茶の木に高温障害が発生します。
一方、-15℃の温度に1時間以上さらされると葉枯れを起こすという
極端な暑さや寒さには弱い作物なのです。
②降水量
次に、降水量について見ていきます。
降水量は年間1300mm以上が好ましいとされます。
特に茶の木は、4〜10月にかけて生育に水を必要とします。
2月~4月の春先とお茶の栽培開始から摘採を終える9月上旬にかけて、
適度な降水が生育に欠かせないのです。
気温と降水量は茶の木の生育に必要ですが、他にもお茶を美味しくする要素を紹介します。
③昼夜の寒暖差と④霧の発生があります。
③昼夜の寒暖差
寒暖差は、茶を美味しくします。
他の植物と同じように、茶の木も昼間は光合成をして糖類を合成し、
デンプンとして体内に蓄えます。
太陽の光が当たらない夜間は光合成を行わないため、昼間に蓄えておいた糖類を消費します。
昼夜の寒暖差が大きいーーすなわち夜間の気温が下がるーーと、
茶の木が夜間に消費する糖類が少なくて済みます。
消費されなかった糖類は植物内に溜まり、茶の旨みや甘みが増すのです。
宇治で寒暖差が大きい理由の一つは、地形にあります。
東は信楽山地、西は西山などに挟まれた扇状の盆地となっています。
では、なぜ盆地では寒暖差が大きくなるのでしょうか?
水は、温まりにくく、かつ冷めにくい性質を持っています。
海や大河に面する地域では、気温の上昇に時間がかかりますが、気温が下がりにくいのです。
一方、周囲を山に囲まれた盆地では昼夜や一年を通しての寒暖差が大きくなります。
④霧の発生
盆地の特徴として、昼夜の寒暖差ゆえに霧が発生しやすいことが挙げられます。
昼夜の温度差があると、霧が発生しやすくなると言われています。
周囲を山に囲まれた盆地では、よく晴れた日の夜間に放射冷却が起こります。
放射冷却とは、地面から熱が奪われることです。
放射冷却で盆地が冷やされると、周囲の山から冷気が降りてきます。
冷たい空気が盆地に溜まり、大気中の水蒸気が飽和することで水滴ができ、霧となります。
霧も、美味しいお茶には欠かせません。
霧によって茶の葉に直接日光があたりにくくなり、新芽が柔らかく保たれるのです。
また、霧はお茶の香りにも関わってきます。
霧の中で育ったお茶の香りは、「霧香」という言葉に表されます。
宇治茶の中でも、和束茶は、霧の香りがすることで知られています。
まちの中心を和束川が流れる和束町は、盆地のような地形で川から川霧が発生しやすくなっています。
他にはない旨みと香りが評価されて、和束の煎茶は日本で最も高価な煎茶の一つとなっているのです。
このように、宇治、特に和束町では茶の生育に必要な①気温と②降水量が揃っているだけでなく、③昼夜の寒暖差と④霧の発生が茶を美味しくしてくれるのです。
〜栽培方法と製法〜
美味しいお茶を作るには、気候に加えて栽培技術や加工も欠かせません。
①栽培方法
「覆下栽培」と呼ばれる栽培方法が、お茶の旨みや甘みを高めてくれます。
前回見たように、宇治の茶師たちの間は夜間の気温が下がることで霜が降り、せっかく育てた新芽が傷んでしまうという悩みがありました。
そこで、ムシロで茶の木を覆って保温し、新芽に霜がつくことを防ぐ方法が編み出されました。
新芽に日光が当たると、甘みや旨みの素となるテアニンが、苦みや渋みを持つカテキンに変化します。
日光を遮ることで、テアニンが多くなり、カテキンが少なくなるため、旨味や甘味が豊かなお茶になるのです。
また、覆下栽培では、茶葉の色が鮮やかになります。
遮光することにより、クロロフィルが増えるため、葉の色の緑色が濃いお茶になります。
19世紀後半まで、抹茶の覆下栽培は、宇治の限られた茶師だけに許されていました。
②製法
宇治茶は、手もみ製法によって加工されています。
1738年、宇治田原町の永谷宗円が発案した製法です。
昔から、一般の人たちは折物(おれもの)と呼ばれる茶を煮出して飲んでいました。
折物とは、茶の若枝や新芽の茎、葉の葉脈を多く含み、玉露や煎茶の製造過程ではじかれる茶のことです。当時、覆いをして育てた茶は高級な抹茶に使われ、庶民の手には入りませんでした。
宗円は、覆いをしないお茶でも、一般の人にも美味しく飲んでほしいと考えました。
美味しい茶の要素として、色・香り・味の三つがあります。
初めに、明の国から伝わった茶の飲み方に着想を得ます。
その飲み方とは、釜で炒った茶葉を揉んで乾燥させ、煮出さずに飲むというものです。
しかし、茶葉を釜で炒ることで、茶葉の色が黒っぽくなってしまいました。
次に、碾茶の製法から着想を得て、宗円は茶葉を蒸してみました。
色と香りが良いお茶になりましたが、納得のゆく味が出ません。
再び宗円は、明の国での茶の飲み方にヒントを得ます。
茶葉で釜で炒った後に揉んで乾燥させる製法を取り入れようとしました。
試行錯誤の末、茶葉を焙炉で乾かしながら丁寧に手で揉む製茶法にたどり着きます。
ついに、味・香り・色の三要素が揃った煎茶を淹れられるようになりました。
この製法では、抹茶にも劣らない茶を飲むことができ、青製煎茶製法あるいは宇治製法と呼ばれています。
その後、覆下栽培や手もみ製法は全国に広まり、今もなお煎茶の基本的な製法となっています。
このように、宇治では革新的な栽培方法や加工技術が生み出され、
いち早く広まりました。
覆下栽培や手もみ製法は、宇治の地理的特徴にあった技術として宇治茶の魅力を最大限に引き出しています。
---コラム 手もみ製法のその後---
やがて、手もみ製法は、機械による製茶に取って代わられるようになりました。
自動化された機械では大量の茶葉を一度に製茶することができるため、
大規模な茶の生産地では、大量に効率よく製茶を行うことがほとんどです。
しかし、同じ品種・同じ圃場のお茶であっても、当日の気温や室温により茶葉の状態が異なります。そして、茶葉の状態に応じて、製茶の加減を調整する必要があります。
和束では、製茶の一部を機械化した今も、かつての手もみ製法と同様、茶葉の状態に応じた加工を行っています。
熟練した茶農家の製茶技術こそが、和束茶をいっそう美味しくするのです。
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〜社会的背景〜
かつて、茶は飲料としてではなく、上流階級の間でのもてなしの道具でした。
特に、京都に近い宇治茶は、天皇家や足利将軍家御用達のお茶だったのです。
京都御所に納められていたお茶として、和束茶が知られています。
現在でも、京都には日本の伝統や文化が残っています。
茶の湯などでお茶を飲む人が多く、宇治茶に対する文化的需要が多くあります。
宇治の茶師たちは、天皇家をはじめとする需要に応えようと、栽培や製法に磨きをかけてきました。
文化的な需要が、宇治を茶の一大産地に育てたともいえそうです。
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今回は、宇治茶、和束茶が美味しい理由を見てきました。
栽培に適した気候や土地だけでなく、宇治の特性を引き出す技術の発達や需要の多さがあったからこそ、美味しいお茶が出来上がったのです。
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